そして召し上がれ。本をしゃぶりつくすように。

新書だけが本ではない 古今東西誰かに見つかるのを待っている本がある

このブログはなに?

最近流行りのなろう小説を含めたWEB小説では、

「主人公の心情描写なんていらない。そんなのただ『泣いた』『悩んだ』『怒った』でいい」と作者にリクエストする読者がいるそうです。

    そういう方はWEB上に数多あるまとめサイト記事やニュース記事と同じ感覚で、新しく更新されたストーリー(=記事)を確認する、という読み方をしているのかもしれません。

    もちろんそういう読み方は別に「悪いもの」として否定するつもりはありません。通勤電車の中や休憩時間など、ご自身が自由になる短い時間の合間を縫って読んでくれているのかも知れません。

 

けれど本、というか物語の読み方はストーリーそれだけではありません。

物語を読む人が自由にその読み方、そして解釈が出来るものだから。

だからこそ、ストーリーだけを見る読み方だけでなく、時間をかけてその中の表現を味わう読み方もやってみませんか?

 

このブログでは各単語や作者、本毎に切り取った表現で作って行きます。

けれどそれは私が良いと思ったもの。

誰かはそれに共感し、また誰かはそれに共感出来ない。

 

それでいいんです。

だって、国語は本来正解なんてないものだから。

 

いつか、この記事の何処かで貴方の心の琴線に触れるモノが見つかりますように。

 

それではゆっくり召し上がれ

文字をしゃぶりつくすまで。

恐怖

恐怖:おそれること。こわいと思うこと。また、その気持ち。

 

 

何しろ体が凌ぎ良くなったために足の弱りも忘れたので、道も大きに捗って、①まずこれで7分は森の中を越したろうと思う処で五、六尺上の樹の枝から、ぽたりと笠の上へ落ち留まったものがある

 鉛の錘(おもり)かと思う心もち、何か木の実でもあるかしらんと、二、三度振って見たがくっついていてそのままには取れないから、何心なく手をやって掴むと、滑らかに冷りと来た。

 見ると海鼠(ナマコ)を裂いたような目も口もない者じゃが、動物には違いない。②不気味で投げ出そうとするとずるずると辷(すべ)って指の尖(さき)へ吸い付いてぶらりと下がった、その放たれた指の尖から真赤な美しい血がたらたらち出たから、吃驚して目の下へ指をつけてじっと見ると、今折り曲げた肘の処へつるりと垂れ掛かっているのは同じ形をした、幅が五分、丈が三寸ばかりの山海鼠(やまなまこ)。

 呆気にとられて見る見る内に、下の方から縮みながら、ぶくぶくと太って行くのは生き血をしたたかに吸い込むせいで、濁履歴(にごりれき)のある沼でも、このくらいな蛭はあろうとは思われぬ。

 

泉鏡花 高野聖

 

 

肘をパサリと振るったけれども、良く食い込んだと見えてなかなか放れそうにしないから不気味ながら手で抓んで引き千切ると、ぷつりといってようよう取れる、しばらくもたまったものではない、いきなり取って大地で叩きつけると、これほどの奴等が何万となく巣を作って我が物にしていようという処、かねてその用意はしていると思われるばかり、日の当たらぬ森の中の土は柔らかい、潰れそうにもないのじゃ。

 ①ともはや襟のあたりがむずむずして来た、平手で扱いて見ると横撫に蛙の背中をぬるぬるとすべるという、やあ、乳の下へ潜んで帯の間にも一匹、蒼くなってそっと見ると肩の上にも一筋。

 思わず飛び上がって総身を震いながらこの大枝の下を一散にかけぬけて、走りながらまず心覚えの奴だけは夢中でもぎ取った。

 何にしても恐ろしい今の枝には蛭が生っているのであるとあまりの事に思って振り返ると、見返った樹の何の枝か知らずやっぱり幾つということのない蛭の皮じゃ。

 ②これはと思う、右も、左も、前の枝も、何の事はないまるでいっぱい。

 私は思わず恐怖の声を立てて叫んだ。すると何と?この時は目に見えて、上からぽたりぽたりと真っ黒な痩せた筋の入った雨が体へ降りかかって来たではないか。

 

泉鏡花 高野聖

 

 

別れ

別れ:

  1. 別れること。互いに離れて別々になること。別離。「友との別れを惜しむ」「別れの日を迎える」「別れの杯」
  2. 別離のあいさつ。いとまごい。「故郷に別れを告げる」「別れの言葉」

  3. 死に別れ。死別。「永 (なが) の別れ」

  4. 立ち去るにあたって、心付けとして与える金銭。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

 

 

 

次の日にはお祖母様に手を引かれて玄関までお暇乞いにきた。私はいつもの大人びた言葉つきでしとやかに挨拶をするお恵ちゃんの声を聞いて飛んでも出たいのを急に訳のわからない恥ずかしさがこみあげてうじうじと襖のかげにかくれていた。お恵ちゃんは行ってしまった。

 

 後を見送っていた家の者は口々に「綺麗なお嬢様だ事」といった。お恵ちゃんはお雛様の時の着物をきてきたという。一人机の前に座ってなぜあわなかったろうとかひもない涙に暮れているのを乳母ははやくも見つけて「ぼっちゃまもおかわいそうだ」と言った。

 

 あくる日私は誰よりも先に学校へ行った。そうしてそっとお恵ちゃんの席に腰掛けて見たら今更のように懐かしさが湧き起こってじっと机をかかへていた。お恵ちゃんはいたづら者である。そこには鉛筆で山水天狗やへマムシ入道がいっぱい書いてあった。これはもう20年も昔の話である。私は何だかお恵ちゃんが死んでしまったような気がしてならない。そうかと思えば時には今でもお恵ちゃんが生きていて折ふしその自分のことなる思い出しているような気もする。

中 勘助 銀の匙

 

 

 

 「さようなら御機嫌よう」

 私は暗いところで黙って頭を下げた。俥の響が遠ざかって門の閉まる音がした。私は花にかくれてとめどなく流れる涙をふいた。私はなぜ何とか言わなかつたろう。私は肌のひえるまでも花壇に立ち尽くして昨夜よりもいっそう不具に生った月が山の向こうから差し掛かるころようやく部屋へ帰った。そうして力なく机に両方の肘をついて、頬のようにほのかに赤らみ、*のようにふくらかにくびれた水蜜を手のひらにそっとつつむように唇にあててその濃やかなはだを通して漏れ出す甘い匂いをかぎながらまた新たな涙を流した。

中 勘助 銀の匙

 

 

【文例】夕立

 夕立 予感 冒頭

夕立が近づいてくる気配を私は好んだ。 黒雲が大きな獣のように夏空を走って、乾いた街路が沈んでゆくように翳る と、果実のような甘い匂いが当たりを満たす。最初の一滴はまだ落ちない。 そんな時に街中を歩いていると、わくわくと身体が震えるような気がした。

森見登美彦 きつねのはなし

 

冒頭のこの表現を受け、文中雨の予感をさせる表現が随所に出てくるが降らず。

そして最後のクライマックスと共に夕立が降る

照明灯が点いたように、あたりが昼のように明るい光に照らし出された。大木を裂くような凄まじい音が響いた。底が抜けたように大粒の雨が降り出して、アスファルトが羽毛立ったようになり、地面に倒れている二人の男が、 綿にくるまれているように見えた。 雨がぽたぽたと顎から滴り、まるで自分が泣いているようであった。

    雷鳴に胸が騒ぐ。

森見登美彦 きつねのはなし

 

【文例】水

水 幻想的な 

彼女は立ち上がって、幻燈のところへ行き、いったん明かりを吹き消した。 それから何か細工をして、もう一度明かりを灯した。(1)水面のように揺れる 青い光が座敷に広がって、僕は思わず膝を立てた。幻燈のしかけで、まるで 水が座敷を浸したように見えた。 ナツメさんはその青白い水明かりの中を座敷の奥へ歩いて行って、となり へ通じる襖を開いた。
(2)幻でない水の匂いが鼻先をかすめた。

森見登美彦 きつねのはなし

⑴で「水の幻」を表現し、そこには水などあるはずがない、と読者に暗示させた後に⑵で本物の水の存在を際立たせている

 

 

逆境がプロジェクトXを生み出すのかも知れない とある新幹線運転士の賭け

紹介するのはコチラの本。

戦後70年 日本人の証言 (文春文庫)

戦後70年 日本人の証言 (文春文庫)

 

 

 

今回はその中から新幹線についてのドラマを紹介。

新幹線開業 通達の背いた時速二百六十キロ 大石和太郎(新幹線運転士第一号)

ところが開業日が一か月後に迫ったころ、現場の私たちの思いをくじくようなことが起こりました。新幹線の最高速度は時速百六十キロのするという運転基準が示されたのです。

慣らし運転のためなどと言われましたが、日本の旅客列車が世界最速となるのを嫌がる有力国に配慮したとか、新幹線を推進した国鉄最高幹部たちに花をもたせるのを望まない政治的な力がはたらいたといった噂も飛び交いました。

理由はどうあれ、現場は猛反発しました。私自身、そのころまでには全線を速度二百十キロで走る試運転を成功させていて、安全にも絶対の自信がありました。

なぜこんな事が起きたのかは詳細不明のままだけれど、現場のエンジニアの人達がここまで頑張って来ていてそりゃあないぜ、という展開。

 けれど、それで終わらないところがミソ。運転士の大石さんがやってくれます。

懸命に準備を進めてきた私たちの間で不満が高まるなか、開業日の二週間ほど前になって、私が一番列車の運転士に指名されました。 なぜ私が選ばれたのか、はっきりした理由はわかりません。ただ、その時の上司たちに「あいつならきっとやるだろう」と思われたからだろうと私は考えています。そして開業日当日。運転席に座ったとき、私は新記録を達成してやろうとすでに心に決めていました。そこで処分されても構わないという思いでした。大津のあたりで新幹線の速度をぐんぐん上げ、時速百六十キロを超え二百十キロまでもっていったとき、私のすぐ横には監査役の上司と副運転士がいましたが、二人とも無言でした。運行を管理する司令所も「異常」に気づいていたはずですが、問い合わせはありませんでした。みんな私と同じ思いを胸に秘めていたんですね。
歴史を作ったという思いもありましたが、一運転士が圧力をはねつけながら列車を走らせていることに、私はなんとも爽快な気分を覚えていました。

 いつの時代にも現場がワリを食い、そして現場がそれを跳ね除けて行くんですね。いつか誰かがいっていた「事件は現場で起きてるんだ!」って言葉を思い出す。